痛いニュース(ノ∀`) : 起業で一番やっちゃダメな事。残念すぎる。

2016-01-02 about us

起業で一番やっちゃダメな事。残念すぎる。

こんにちは。岩松勇人(いわまつはやと)です。このページをご覧いただき、ありがとうございます。

そのお礼に、今日は、1,000円で仕入れたものが、9,800円でバンバン売れ、利益率は、平均88%という驚異的な数字が出る。

そんな、ちょっと興味深いストーリー(物語)を、一つ紹介しようと思います。

・・・さて、

数年前まで、どこにでもいるような平凡なサラリーマンだった私は、“1人のメンター”と出会って、文字通り人生が180度変わりました。

先日も税理士さんにお会いして、「2億8,664万944円」と書かれた1年間の入金記録の書類を受け取る。

そんなことが、もはや自然な出来事の一部となりました。

「に、に、2億はっせんまん」

これは、上場企業3,200社のトップ6パーセント、下記のような企業に入り、“40年近く働いて、やっと貰える”『生涯給料』とほぼ同額です。

・日本化学・日東電工・都築電気
・エイベックスグループホールディングス
・ニフティ・ツムラ・リンクアンドモチベーション
・インターネットイニシアティブ・乾汽船
・ソニーフィナンシャルホールディングス
・新潟放送・田辺三菱製薬・NSユナイテッド海運
・モルフォ・JCRファーマ・大正製薬ホールディングス
・ネットワンシステムズ・近鉄エクスプレス・JSR
・大阪有機化学工業・西華産業・信越化学工業
・ビットアイル・旭硝子・シスメックス
・共栄タンカー・三菱倉庫・インフォコム
・日本新薬・ミルボン・アサックス・アイスタイル
・ティーワイオー・日産化学工業
・日本ペイントホールディングス・鳥居薬品
・巴工業・前田道路・セック
・メディアスホールディングス・ブレインパッド
・沖縄電力・アンリツ・水道機工・楽天・DIC
・大陽日酸・ユビキタス・ガイアックス

参考:東洋経済

普通の生活をしていれば、まず目にすることのない額。宝くじに当選し、思わずゴクリと唾を飲み込んで、引き換えに行くような金額です。

そんな、数年前のサラリーマン時代には、想像もつかなかった『2億円』の数字を目にすること。

それが、今の私の日常となりました。

・・・と、ここで、勘違いしてほしくないのが、私は、能力の高さを誇示(こじ)したり、自慢をしたくてこんなことを言っているわけでは無い、ということ。

・・・むしろ、その逆です。

よくメンターからも「岩松さんは、凡人なのに稼いでいるところがスゴイ」、そんなふうに良くも悪くも、評価をしてもらいますが、

世の中には、

・医者
・弁護士
・大学教授
・大企業のエリートサラリーマン

・・・などなど。

私よりも能力の高い人は五万といます。

また、私よりも

・3,000~4,000時間以上も多くの時間、勉強している人
・政治家、官僚、学長など圧倒的に社会的地位の高い人

こういった人々も大勢います。

・・・では、なぜ、【超】がつくほど平凡なサラリーマンだった人間は、

いまや、そのエリートたちを差し置いて、彼らが40年かけて稼ぐ『生涯給料』をたった1年で手にするようになったのか?

なぜ、わずか数年で、『2億』という『非日常』が、ごくありふれた『日常』と化したのか?

・・・振り返ってみると、今のように『億の世界』に到達する少し前。

脱サラに失敗して、生命維持レベルの月収10万円でくすぶっていた状態から抜けだし、

1,000円で仕入れたものが9,800円でバンバン売れ、利益率は、平均88%という驚異的な数字が出る。

そうやって、文字通り、1日10分の作業で、月収100万円をコンスタントに達成するようになったタイミングに、その”重要なヒント”が詰まっていました。

そして、それは、月収10万→月収100万円→『億』の世界へと一気に駆け上がることが出来る、誰であろうと再現可能な『億への道』でもありました。

・・・そう、あれは今からちょうど4年前。

私がまだ、大阪市西区に住んでいた頃。

先が見えない毎日に、希望を見いだすことすらできず、精神的にも肉体的にも、ギリギリの日々を送っていた時期の話です。

■序章:衝撃的な『出会い』と、最初の『試練』

ろくに光も差し込まず、昼だろうと夜だろうと関係なく、いつでも薄暗い部屋。

そこに、天井に届くほど、うず高く積まれたダンボールと在庫の山。

倉庫と化した4畳半の部屋には、もはや、足の踏み場がほとんど無い。

ダンボールの隙間からわずかに見える畳は色あせ、部屋のすみには、いつ付いたのか分からない、濃い染みが広がっている。

30年前、真っ白だったはずの壁は、一面くすんだクリーム色になり、

前の住人がポスターやカレンダーを貼っていただろう部分だけが、長方形の大きなマスキングテープをはがしたように、不自然に、他の部分よりも白い状態のまま保存され、壁の模様と化している。

ブラック企業のサラリーマンを辞めて、大阪市西区にある、築30年、家賃3万円、4畳半のぼろアパートで、1日17時間労働をする。

そうやって、転売ビジネスでなんとか生計を立てていた頃。私の預金残高は、今にも『底』をつきそうでした。

それでも「まだまだ気合いが足りないんじゃないか?」、そんなふうに自分をふるい立たせて、作業量を増やす。

500円で買ったサンワサプライの黒いUSBキーボードが油や食べかすでベトベトになるほど、食事は全てパソコンの前で作業をしながら、短時間ですませる。

睡眠時間をどんどん削ってまで、ビジネスに割く時間を増やしていました。

・・・しかし、いくら寝る時間や食事の時間を削って
作業量を増やしても、得られる結果はほとんど変わらない。

むしろ、寝不足がたたって、頭もよく回らない、フラフラのまま、作業を続けてしまう。

そんな状態で、四畳半のせまい部屋で単純作業をくり返していたせいかもしれません。

「ドンッ!!」
「・・・・ガシャンッ!」

ふと気をゆるめた瞬間に、山積みにされたダンボール(在庫)を自分のひじで倒してしまう。

せっかく仕入れた1個1万円以上もする、バカラのエトナ(タンブラー ロックグラス)を割ってしまうこともありました。

虎の子の貯金を切り崩して仕入れた高級グラスが、見るも無残な姿になる。

もちろん、その時点でその商品の赤字は確定です。

「・・・あぁ、自分はいったい何をやっているんだろう」

ふちの部分から、大きくVの字を描くように割れてしまったグラスを左手に持ち、バラバラになった、その破片を反対側の右手で拾っていく。

空回りしているその状況に、ひどい自己嫌悪にもなりました。

サラリーマンを辞め、専業になり、1日17時間労働しても、なんとか月10万円ほどの利益が出る程度。

とてもそれ一本で食べていくことはできません。

独立前に貯めた貯金を少しずつ切り崩しながら、なんとか食いつないでいく毎日。

「もっと根本的にガラリと何かを変えなければ…」
「あるいは、もう一度、就職をするべきか…」

当時の私は、先が見えない毎日に、派遣社員として再就職することすら考えるようになっていました。

・・・

メンターと出会ったのは、ちょうど、そんな生命維持レベルの収入と生活の日々を続けていた頃。

その時はまだ、その人との出会いによって、

1,000円で仕入れたものが、9,800円でバンバン売れ、利益率は、平均88%という驚異的な数字が出る。

月10万円の利益でくすぶっていた状態から、文字通り、1日10分の作業で、月収100万円を達成できるようになる。

さらに、「月収100万円→『億』の世界」と、短期間で一気に駆け上がることになる。

そんなことになろうとは、夢にも思ってもいませんでした。

■年商30億円企業をバイアウトした23歳。

もう4年近く前になりますが、夏に大阪ミナミで、300名近い人々が集まった『輸入ビジネス』のセミナーが開催され、

そこで、私は、“明らかに他の参加者とは違う雰囲気”を持つ人物と出会いました。

その人は、

幼少期をヨーロッパで過ごし、14歳でプログラマーとして起業。年収1,000万円の状態からビジネスをスタートさせる。

20歳でアジアに渡り、貿易ビジネスを成功させ、わずか2~3年で、年商30億円企業をバイアウト。

23歳という若さで、億単位の資産を手にし、すでにセミリタイア生活に入っている。

・・・という、ちょっとレベルが違いすぎる経歴の持ち主。

急遽、講師に話を振られ、20~30分だけアドリブで話をしていましたが、その内容は、参加していた私たち凡人にとっては、高度すぎるもの。

私自身も、「・・・言っている内容のレベルが違う」、そんな風に直感的に感じたことを今でもよく覚えています。

その後、相談会や別のセミナーで何度か会う中で、その人は、アジアでバイアウトを経験し、億単位の資産を持つだけで無いこと。

マーケティング、ブランディング、セールス、コピーライティング、コンピューターサイエンス、宗教、哲学に至るまで

どの分野においても、知識や思考レベルがずば抜けていて、誰よりも詳しい。

それでいて、なおかつ、まだ20代前半という圧倒的な若さでもある。

サラリーマン(+プチ専業)人生しか歩んだことが無かった自分にとって、「・・・歳もあまり変わらないのに、そんな人生を歩んでいる人がいる」

その事実に、かなりの衝撃を受けたことを今でもよく覚えています。

年収で1億円以上を稼ぐようないわゆる

・『経済的自由』を手に入れ
・『成功者』と呼ばれる

そんな人の話は数多く聞いてきました。

・・・しかし、その人だけは別格。

「なんとか、この人から近い距離で学びたい」
「このチャンスを逃したら、もう後は無いかもしれない」

そんなふうに思った私は、4畳半の部屋を埋めつくしていた山積みの在庫を、全て叩き売って現金化。

サラリーマン時代の貯金は、全て引き出し、親に頭を下げて、借りれるだけの借金もする。

そうやって、考えられるだけの現金をすべて用意し、厚さ1センチ、帯付きの札束がパンパンに入った銀行の封筒をいくつもバッグに入れる。

文字通り『全財産』を抱えて、その人の所へ持っていったのです。

無理を言っていることは、承知のうえでしたが、全財産を差し出し、誠意や本気度を見せることで、

募集をしてない個人コンサルを、何とかお願いできないかと直談判(じかだんぱん)をしました。

■1日17時間労働で月10万の利益→2億8,664万944円。

その後、一度は、断られそうになりましたが、運良くいくつかの試練を乗り越えて、その人の個人コンサルに滑りこむ。

なんとか、そのメンターからビジネスを学べる場を作り出すことができました。

・・・

コンサルが始まってすぐ、メンターが私に教えてくれたもの。それは『商売の原理原則』でした。

私は、たまたま物販ビジネスをメインに生計を立てていたため、その『商売の原理原則』を、物販ビジネスに応用して教えて頂く。

・・・すると、どうでしょうか。

今までは、1日17時間の肉体労働でアンティークを薄利多売する。

そうやって、なんとか月収10万円を稼ぐのが精一杯だったのに…、

その人のコンサルを受けた直後から、1,000円で仕入れたものが9,800円でバンバン売れる。利益率は、平均88%という驚異的な数字。

そんな結果が目に見えて出始めたのです。

そして、それからわずか3年半のあいだに、

税理士から「2億8,664万944円」と書かれた1年間の入金記録の書類を受け取ることが、自然な出来事の一部となる。

2012年8月には、東京ビッグサイト 会議棟7階のメイン施設。国際会議場を貸し切って行われた、参加者1千人の大規模物販セミナーで、大トリとして講師を務める。

加えて、多くのパートナーと共にJV(ジョイントベンチャー)をして、物販事業を展開。楽天市場、DeNAショッピング(ビッターズ)、ネットショップなど。複数の販路展開して物販事業を拡大する。

こういった状況を作り出すまでに至りました。

・・・では、なぜ、脱サラに失敗して再就職を考えていた凡人は、わずか3年半で、ここまでの変化を遂げることができたのか?

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